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THE SIX ELEMENTS STORY No49








THE SIX ELEMENTS STORY





No49




                                    著 水望月 飛翔



カサレス王子の美しさは、空の領土の中にあって、一際輝く存在であった。
それは王子の、自身の事よりも他者の事を多く思う、強く優しい意志があっての事であろう。

 こうして、いよいよカサレス王子の成人の儀式の日がやってきたのだった。
「わが心の友よ。君は、はたして受け入れてくれるであろうか?」
そう呟くとカサレス王子は、大事な友が残していった古ぼけた釦をギュッと握りしめて、第一の島の
「癒しの浴室」へと向かったのだった。

 第一の島の人々は、それまで王家の人々の姿を「うつしみの鏡」でしか見た事が無く、ましてや
王家の者が、自身の成人の儀式の日に、この一番低い第一の島に現れて、「癒しの浴室」を使うなどという
事は、これまで一切なかった事であり、人々は初めて対面するカサレス王子の姿に、驚きを持って見て
いたのであった。

 しかし、王子の心に秘めた凛とした美しい気高さに、人々は一瞬にして何かを感じ取ると、我らが空の
王子を心より祝福し、儀式の無事を祈って、次々とその場に跪いたのだった。

 そして王子が、「癒しの浴室」へ入って行くと、そこを守る者がゆっくりと現れ、カサレス王子の姿に
驚きもせず、静かに会釈をすると、穏やかに王子に言葉をかけたのだった。

「我らが空の領土の誇り、比類なき美しさを湛えたる、カサレス王子。ようこそこの「癒しの浴室」へ
お越し下さりました。今日はあなた様の大事の儀式。どうぞごゆるりと、ここの湯を楽しまれて下さりませ。」
そう言うと、ゆっくりと先程よりも深く、頭を下げたのだった。

 王子は、自身の到着をまるで知っていたかの様な、落ち着きはらったこの者の物腰を見ると、不思議に
思いこう聞いたのだった。

「あなたはまるで、私の来訪を知っていた様な素振りを見せておいでですが、いったいこれはどういう事で
しょうか?」と問うと、その者の答えを引き出そうとするかのように、じっと視線を向けたのだった。

 するとその者は、全く歯の無い口を見せながらにっこりと、王子に向かってほほ笑むと、しばらくして
こう答えたのだった。

「大事なるカサレス王子の事でしたら、わたくしは何でも知っておりまする。」そう言うと男は、もう一段声を
低くして、こう言ったのだった。
「偉大なる父王へのあなた様のお気持ち。何処かにおわす幼き日の大事な友へのお心。
そして、可憐な少女への秘めたる思い。」その者の言葉に驚いた王子は、しかし、静かにじっとその者を
見つめたのだった。

 その者の姿は、空の領土には似つかわしくなく、漆黒の衣をまとい、額に刻まれた深いしわとは対照的な、
一本の産毛もないつややかな頭を持ち、歯のない口を見せて笑うのだった。その者の羽の色は、
光り輝くシルバーグレーなどとは程遠く、ぬぐいきれない悲しみの拠りどころの様な、重苦しい灰色の羽を
持っていたのであった。

 その男は身じろぎもせず、カサレス王子の視線を受け止めると、二人はそのままじっと互いの事を、
見つめあったのだった。

 やがて黒衣のその男は、カサレス王子にこう付け加えたのだった。
「そして、彼らを含むもっと多くの他者への慈しみのお心こそが、あなた様の美しさを司るもの。
この「癒しの浴室」の主もきっと、あなた様の御来訪を喜んでおられる事でありましょう。さあ、どうぞ中へ
お入り下さりませ。」と言うと、王子を浴室へと促したのだった。

(この浴室の主・・・。)
王子はその男の言葉を不思議に聞いたのだったが、案内されるまま、浴室へと進んでいったのだった。

 白い穏やかな湯気が立ち込める中、カサレス王子はゆっくりと温かな湯の中へと、身体を沈めた。
パールの様な輝く白い肌、真っ直ぐに伸びた白い翼。暖かな湯にぬれた黄金の巻き毛は、王子の額と
翼に美しい曲線を描いて王子を飾ったのだった。暖かな湯につかり、赤みを帯びた王子の唇は気高く咲く
バラの様。しかしその唇はもう、未来の誰かに愛をささやく事を拒んでいるかのように、固く閉ざされて
いたのだった。カサレス王子は、すらりと伸びた手足を投げ出すと、浴室の高い天井をぼんやりと眺めた。

 しばらくすると、天上から王子の事を祝福するかのように、高く低く幾重にも重なる歌声が、王子の頭上に
静かに降り注いだのだった。

 カサレス王子はそっと目を閉じると、この穏やかで温かな静けさを、ゆっくりとかみしめる様に
楽しんだのだった。

(こんなにも心落ち着く場所がこの空の領土にあろうとは。ここは、城の中にある「清めの浴室」とは違い、
随分穏やかな優しさで満ちている。何代もの前の王族は、この浴室にも訪れていたと聞いたが、
なぜ王家の者がここまで降りてこなくなったのだろうか?父王は一度もここに来たことは無いのだろうか?)

 カサレス王子がそんな事を考えていると、今度は天井から色取り取りの美しい羽根が、次から次へと
舞い降りはじめたのだった。

 それらの羽の色は、淡いライラックパープルや、若々しいマスカットグリーン、軽やかなアリウムの
ホワイトグリーンや、リンゴの花の様な可愛らしいピンクホワイト、そして優しい色合いのペネロープイエロー
など、色とりどりの色の羽なのであった。

 しかも普段は、浴室の天井から降る様々な贈り物達の実体はなく、この浴室を守る精霊による映像の
贈り物なのであったが・・・。

 しかしこの時ばかりは、誠に本物の色取り取りの美しい羽が降り続け、次第に王子の入っている
広い湯船を、大量の羽が覆い尽くしていったのだった。

 カサレス王子は、いつまでも降り続ける羽に、少し困った様な顔を見せたのだったが、それでも美しい
羽根の中から、可愛らしいピンクホワイトの羽に目をやると、腕を伸ばして一本手に取ったのだった。

 そして、その羽を手に取ると、「ふんわりとして愛らしい色だな。ローラインの寂しげな羽を変えるとしたら、
きっとこんな色が彼女に似合うのだろうな。」とローラインの艶の無い灰色の羽から、王子が手にした
ピンクホワイトの羽をたっぷりと携えた翼にその身を包まれて、嬉しそうにほほ笑んでいるローラインの姿を
思い描いたのだった。

 すると、天上の高い位置から、突然王子に向かって声がしたのだった。
「ほう、そなたが選んだのはその色か。」
 そう声がすると、先程まで振り続けていた羽の動きがピタッと止んだ。
次の瞬間、浴室中に降り積もった羽がその声のする方へと集まり、次第にぐるぐると回りながら、
丸い大きな球体を形作っていったのだった。

 そうしてそれらは、やがて大きな一対の翼の姿となって、まるで二枚貝がピッタリと閉じた様な姿で、
王子の前に現れたのだった。
 王子は内心驚いたのだったが、王子の口から出た言葉は、いつも通りの王子らしい落ち着きのある
言葉なのであった。

 カサレス王子は、その翼を前にしてこう聞いた。
「私はこの空の領土の王子。カサレス・クレドールと申す者。あなたはいったいどなたでしょう。この浴室を
守る精霊殿なのでしょうや?」そう一対の翼に向かって聞くカサレス王子。

 そんな王子の問いかけに、その翼の奥の方から返答が返ってきたのであった。
「そなたが今の空の王の息子か?カサレス王子と言ったな。なるほど、そなたの美しさはその光輝く
姿だけではなさそうじゃのう。」そう言うと、まるで王子をじっと探る様な気配を漂わせたのだった。

 そうして王子を試す様にこう聞いたのだった。
「カサレス王子そなたに聞く、真の美しさとは何ぞ?」

 その翼は相変わらず、ピッタリと閉じたまま、その翼の奥の方から何かを秘めた、凛とした声が王子に
向かってこう尋ねたのだった。

 カサレス王子は翼からの突然の声に戸惑いながらも、少し考えると、静かにこう答えたのだった。
「真の美しさ。それは、何ものをも責めず、そのものの、そのままの存在を受け入れる心ではないでしょうか。
この世の中を、それぞれの違いを選別を持って見るのではなく、ただ違いそのものすべてをも慈しむ心で
受けいれる。そういう心こそが、真に美しく尊いものだと、私は思います。」

 カサレス王子はその翼に向かって、そう言ったのだった。しかし、言っている途中で、王子の脳裏に
思い起こされたのは、王子の元に集まり、王子を支えようとしていた新しき若き仲間達の姿であった。

 彼らの、真っ直ぐに王子を見つめる目を、カサレス王子は受け止めていたであろうか?
王子の為に何か役に立ちたいと思うその意志を、果たして王子は真っ直ぐに受け止めていたであろうか?
あるがままの彼らを。

そうして、最後に現れたアーキレイの寂しそうに王子を見つめる目。
そして、小さく震えるローラインの姿。

 カサレス王子は目の前の翼に向けて言った言葉が、しかし、自身の胸に静かに突き刺さるのを
感じたのだった。(私は、自身で言っている言葉のほんの少しでも、彼らに対してきちんと見ていたで
あろうか?彼らの一人一人を。)と。

 そう王子が胸の中で呟いていると、その翼はしばし沈黙をした後、「ほう。」と一言発すると、一番下の
羽から上に向かってわさわさと身を揺すり出し、次第に翼全体を大きく震わせたのだった。

 すると次の瞬間、それまで纏っていた色とりどりの羽が一気にドサッと下に落ちたのだった。

 そして次に現れたのは、カラスの濡れ羽色の様な、しっとりとした漆黒の羽であった。全体を完全なる
漆黒の色が覆う。
 そんな色彩を、かつてこの空の領土で見た事などは無かったのであった。

その翼は一つ大きく身震いをすると、先程よりも一段低い声がカサレス王子に向かって、次の問いを
投げかけたのだった。「なるほどの。さすればもう一つ聞く。その様な寛大なる考えがまかり通れば、
己の事を顧みず努力を怠る者とて許されそうじゃが。それは、そなたの父が一番に嫌う秩序を乱す事にも
つながるのではなかろうか?はたしてその様な事が、この空の領土で増えてもよいのだろうかのう、
カサレス王子よ?」

 低く低く、王子の善なる心を突き刺す様に、王子に向かって放たれたのだった。しかし、カサレス王子は
そんな問いかけに優しくほほ笑むと、こう答えたのだった。

「我が領土の民達に、その様な考えをする者など、きっと出てはこないでしょう。しかし、万が一にも
その様な者が現れたとしても、それはそれで良いのではないでしょうか?きっとその者の歩む速さ
なのでしょう。全く欠点の無い世界など、きっとありは致しませぬ。それよりも、もっとそれぞれに合った
生き方を、それぞれがしてもいいのではないでしょうか?皆より遅れて歩く者を、見守る心があっても
いいのだと、わたくしはそう思います。」

 カサレス王子のハッキリとした答えに、固く強靭に見えていた漆黒の翼が、「おお~っ。」と低く唸り声を
あげて、また一番下の羽から順番に身震いしだすと、その漆黒の羽がドサッと、また一気に落ちたのだった。

 そして今度は、眩いばかりの美しいプラチナの輝きを持った翼が現れたのだった。しかし、その翼も
相変わらずピッタリと固く閉じたままであった。

 が、そのプラチナの翼の中から、今度は美しい竪琴がその糸を自ら震わす様に、涼やかな声が、
王子の耳に届いたのだった。

「比類なき優しさに満ちたカサレス王子よ。しかし、そなたとそなたの父王との間には、少し違った考えが
あるのではあるまいか?この空の領土をここまで美しく整えたは、そなたの父、タリオス王。次を継ぎたる
カサレス王子よ。その違いをそなたは何とする?」

 美しく輝くプラチナの翼から放たれたる言葉は、しかし、カサレス王子の胸に悲しい調べとなって
届いたのだった。



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by maarenca | 2014-11-29 13:33 | ファンタジー小説